今回は、トルコリラショックの背景と今後のFX・為替相場予想について解説します。
トルコリラの為替レートの現状
2018年8月15日時点
米ドル/トルコリラ:過去1週間チャート
8月13日は窓を開けてさらに急落
トルコリラ/日本円:過去1週間チャート
やや戻す
ユーロ/トルコリラ:過去1週間チャート
8月13日は窓を開けてやや戻す
米ドル/日本円:過去1週間チャート
ユーロ/米ドル:過去1週間チャート
ユーロ/日本円:過去1週間チャート
考察
- トルコリラの急落
- ユーロ安
- ドル高
- 円高
という傾向が現在の為替レートからは見て取れます。
トルコリラ急落の背景とは?
大前提としてトルコという国の経済状況
トルコのGDP成長率
2017年のトルコのGDP成長率は7.4%
主要20カ国・地域(G20)の中で最高値
トルコのインフレ率
インフレが徐々に膨らんできている
トルコの対外債務
トルコの経常収支
トルコの大統領
レジェップ・タイイップ・エルドアン氏は、2003年3月9日に「先進的な民主化」を掲げて当選し、公正発展党(AKP:Adalet ve Kalıkma Partisi)副党首で首相のアブドゥラー・ギュルから首相職を譲り受け、2003年3月16日首相に就任しました。
エルドアン大統領は
- 軍の介入を排除
- 経済の構造改革を実現
- 財政健全化
をしながらも、
- 対外債務を増やし
- 積極的なインフラ投資をし
- 金利を低金利を抑え込むことで
国民一人当たりの所得は2002年の3492ドルから、2013年には3倍増の1万807ドルへ
と、トルコ経済成長させた人物として、世界的にも、国民にも、支持されていた大統領でした。
やってきた政策は
海外から借金をして
インフラ投資をして
金利を低金利にして投資を活発化させて
経済を成長させる
という手法です。
しかし、この成功体験が助長させたのか、どんどん独裁色を強めていきます。
- twitter、facebookやYouTubeへのアクセスを遮断する姿勢を見せ、実際にYouTubeは遮断。
- 政府がウェブサイトの遮断や個人のインターネット閲覧記録収集をすることを認める
- 政府に批判的な姿勢を理由に警察や軍の兵士4万人以上を拘束
そのほか
- 2014年8月10日:トルコ初の大統領に就任
- 2017年4月16日:国民投票で大統領権限の拡大を目的とした憲法改正
- 2018年6月24日:大統領選挙で再選
- 2018年7月9日:娘婿を財務大臣に指名
- 中銀の総裁や副総裁に血縁者を配置
・・・
という状況下にあったのです。
エルドアン大統領は「低金利の金融政策」で成功してきた成功体験を持っているため
通常の金乳政策では、好景気が続いたことによる「インフレ率の向上を抑制する」ためには、通常は「利上げ」をするのですが
「低金利は経済を失速させる」
という独自の理論から「利上げ」を見送り続けました。
財務省や中央銀行には、親権者がいるのですから、自由にコントロールできるのです。
インフレが進めば進むほど、通貨安になるので、トルコリラは下落の一途をたどっていたのです。
米ドル/トルコリラ:過去5年チャート
このような土台があったうえで、今回のトルコリラショックが発生します。
トルコリラショック発生の経緯
アメリカとトルコの緊張感が高まっていた。
トルコにとっての「アメリカ」
- IS壊滅作戦で、トルコ国内でテロ・軍事衝突を繰り返してきた極左テロ組織の兄弟組織である「クルド民主統一党PYD」「人民防衛隊 YPG」に頼った。(敵に頼った裏切り者)
- 2016年7月のクーデター未遂の首謀者とされるフェトフッラー・ギュレンが米国内に滞在したままで,トルコ政府からの度重なる引き渡し要求に米国が応じない。(大統領の命を狙った犯罪者を返さない)
アメリカにとって「トルコ」
- ロシアの最新鋭地対空ミサイルシステムを購入した。(敵からミサイルを買った。)
- 2016年のクーデター未遂への対応としてジャーナリスト、学者、キリスト教徒らへの取り締まりを強化し、米国人牧師のアンドルー・ブランソン牧師が逮捕され、自宅軟禁された。(罪もないアメリカ人を拘束した独裁者)
と、双方ともに確執があり、トルコとアメリカの緊張感は徐々に緊迫していたのです。
出来事その1.米国人牧師の釈放を約束することを拒否
本来は、この緊張関係を改善すべく「トルコ代表団」が訪米していたのですが話し合いは決裂し
出来事その2.英国メディアがトルコへ最大の貸し手である欧州銀行の資産状況の懸念を報道
英フィナンシャル・タイムズ(FT)
出来事その3.トランプ氏が関税引き上げツイート
「われわれのトルコとの関係は現時点で良好なものではない」
「われわれの非常に強いドルに対して急速に下落している」
とツイッターで表明しました。
この出来事に対して、為替レートは反応し、トルコショックが起こったのです。
トルコショックが増幅された要因
増幅された要因その1.エルドアン大統領は「利上げに否定的」
エルドアン大統領は「利上げに否定的」なので、インフレが止まらず、ハイパーインフレが起こり、通貨が紙くず同然となるリスクが内在されていました。
その上で、中央銀行が独自の判断で、利上げなどを行えれば良いのですが・・・
中央銀行や財務省のメンバーを身内で固めてしまったため、中央銀行の機能が政権から独立することはなく、エルドアン大統領の意のままに中央銀行が動かざるを得ない状況になっているのです。
増幅された要因その2.日本人投資家のトルコリラロスカット
日本のFX業者や証券会社、金融機関は、トルコリラなどの新興国通貨の高金利商品を積極的に日本人投資家に販売してきました。
トルコリラのスワップポイント狙いでのFXトレードを推奨する投資家も多く、ほとんどの日本人投資家はトルコリラで売買をするというよりは、高金利を享受する形で「買い」ポジションを持っていました。
今回のポジション比率を見てみれば、一目瞭然ですが
トルコリラ/円のポジション比率
日付 | トルコリラ/円 | トルコリラ/円 |
---|---|---|
– | 売り | 買い |
2018/08/01 | 5.0% | 95.0% |
2018/08/02 | 6.1% | 93.9% |
2018/08/03 | 4.9% | 95.1% |
2018/08/06 | 7.8% | 92.2% |
2018/08/07 | 9.5% | 90.5% |
2018/08/08 | 8.6% | 91.4% |
2018/08/09 | 10.7% | 89.3% |
2018/08/10 | 13.5% | 86.5% |
2018/08/13 | 15.6% | 84.4% |
2018/08/14 | 19.2% | 80.8% |
「買いポジション」の強制ロスカットが、トルコリラ下落に拍車をかけた可能性は高いのです。
増幅された要因その3.ユーロ安とのスパイラル
- ユーロ圏の金融機関の資産懸念ニュース
↓ - 「ユーロ安」
↓ - 「ユーロ安」に反応して資産シフトで「ドル高」
↓ - 「ドル高」によって「トルコリラ安」が進む
↓ - 「トルコリラ安」
↓ - 「トルコリラ安」によってユーロ圏の金融機関の懸念が増える
↓ - 「ユーロ安」
・・・と負のスパイラルが発生し、「ユーロ安」と「トルコリラ安」が増幅されながら、トルコリラショック発生したということが考えられます。
増幅された要因その4.ドル高への資産シフト
FRBは順調に「利上げ」を繰り返しており
- 2018年は4回の利上げ
- 2019年も3回の利上げが予定されています。
米国金利が上昇する中で、相対的に新興国通貨安やユーロ安に資金が流れやすい状態であたことも一つの要因となっています。
増幅された要因その5.ユーロ銀行の融資の焦げ付き
英フィナンシャル・タイムズ(FT)
「欧州の金融監督当局はリラの急落を背景に、トルコへの最大の貸し手であるスペインのBBVA、イタリアのウニクレディト、フランスのBNPパリバの資産状況を懸念している」
とあるように
トルコと位置的にも近いEU各国の主要銀行がトルコに融資をしているのです。
増幅された要因その6.売買高の少ない「夏枯れ相場」
- 海外では「夏季休暇」
- 日本では「お盆休み」
で、8月は株式の取引高自体が小さくなるアノマリーがあります。
このときに大きなニュースとして「トルコショック」が登場したので、通常時よりも、その影響は大きく為替レートに反映されてしまったのです。
トルコリラショックによる今後のFX・為替相場予想
トルコ政府の動き
8月12日エルドアン大統領の演説
- 「ドル買いを急ぐな」
8月13日トルコ銀行規制当局
- 「トルコの市中銀行は外貨とリラの為替スワップ取引の総額が株主資本の5割を超えてはならない」との趣旨の規制強化措置
- 「リラ建て債務の支払準備率を250ベーシスポイント(1bp=0.01%)引き下げる」と発表
と、あの手この手でトルコリラ売りを防ぐ方策を投入してきました。
一時的にトルコリラは下げ止まっています。
米国の動き
しかし、米国も追撃の手を緩めず
8月14日米政府高官「追加制裁」を示唆
ロイター通信
- トルコが数日から1週間以内になんらかの行動に出る必要があるとしたうえで、「それがなければさらなる行動をとる」と語った。
国務省のナウアート報道官
- 「トルコには牧師を米国に戻してほしいとの要望を明確に伝えている。協議は続いている」
サンダース大統領報道官
- 「トランプ大統領は牧師が解放されないことに大いなる不満をもっている」
今後のFX・為替相場の見解
重要な視点は
牧師の問題や関税の問題よりも
に集約されます。
中央銀行がインフレにも関わらず、金利を上げなければ、ハイパーインフレになる可能性もあるのです。
金利が上がらなければ、通貨安も止まりません。
で「トルコ安が止まるかどうか?」が決まってくるといっても過言ではないのです。
筆者の見解では
元々、エルドアン大統領は、周囲の意見を聞くタイプの人間でしたが、多くの成果を上げ、民意を味方にし、権力を持ってから、どんどん独裁色が強くなってしまった人物です。
このような老人が日本のニュースでも、連日報道されていますが・・・
このようなタイプの人間は
「なかなか折れないのではないか。」
「折れたら負けだと思い込んでいる。」
と筆者は考えます。
しかも、まだ日本人投資家の買いポジション80%以上あるのです。これが徐々にロスカットされていけば、トルコリラ安は続いてしまうのです。
ユーロへの影響は?
今回のトルコショックの大きな要因は
英フィナンシャル・タイムズ(FT)が
「欧州の金融監督当局はリラの急落を背景に、トルコへの最大の貸し手であるスペインのBBVA、イタリアのウニクレディト、フランスのBNPパリバの資産状況を懸念している」
と報じたことでした。
しかし、実際問題、欧州銀行がトルコに対して20兆円超の融資をしているものの、それが焦げ付いたからと言って、ユーロの金融市場全体に波及する大問題になるとは考えにくいです。
新興国通貨への影響は?
- アルゼンチン:ペソ→ 大幅下落(対応:政策金利を40%から45%に引き上げ)
- 南アフリカ:ランド → 大幅下落
- インドネシア:ルピア → 大幅下落(対応:為替介入の実施)
と新興国通貨への影響は小さくありません。
というのも、これらの通貨ペアは「トルコリラ」と同様に
高金利通貨として、証券会社や金融機関が積極的に販売していたものです。
日本人投資家だけでなく、投資家全体に
という疑心暗鬼が生まれてしまっているのです。
また、ドルの利上げが続いていることによって、新興国通貨からドルへの資産シフトは、トルコショックの前から、徐々に進んでいたのです。
と知られれば、撤退する投資家も出てくるはずです。
日本円への影響は?
と言えます。
ドルも強いので、日本円/米ドルで言えば、それほど大きく円高になるわけではありませんが、その他の主要通貨に対しては円高局面になることが予想されます。
当然のように円高になれば、株安になります。
まとめ
トルコショックは
エルドアン大統領がインフレが進んでいるにも、関わらず、利上げを一切しないという独裁的な政治姿勢を取っていることが最大の要因です。
たまたま
- 米国人の牧師の開放拒否
- 英フィナンシャル・タイムズ(FT)の報道
- トランプ氏のツイート
という目新しいトピックが投入されたため、一気に暴落が進んでしまいましたが、それ以前の問題で構造的なトルコリラ安を引き起こす問題が起きていたのです。
今後のトルコリラの見通しとしては
エルドアン大統領が方針転換しない限りはなだらかにトルコリラ安が続くのではないでしょうか。「買い」から入るよりは「売り」ポジションを持つことをおすすめします。
「トルコリラってどこまで下がるの?」